介護がつらいと感じたら——訪問診療は「家族を支える」仕事でもあります

診察を終えて玄関で靴を履いていると、見送りに出てくださったご家族が、ふと小さな声で「先生、私、いつまでこれを続けられるんでしょうね」とこぼされることがあります。すぐに「あ、なんでもないです」と笑って引っ込めてしまう方がほとんどです。玄関先で出てくる言葉には、居間では言えなかったものが混じっている——訪問診療を続けているとそう感じます。

介護がつらいと感じることは、ご本人を大切に思っていないからでも、根気が足りないからでもありません。今日はその「つらさ」を、少しだけ分解してお話しします。そして、訪問診療という仕事がご本人だけでなくご家族に対しても何ができるのかを、正直な範囲でお伝えします。

「つらい」は、気持ちの問題だけではありません

介護の負担は、心の持ちようで決まるものではないと思っています。実際に負担を重くしているのは、もっと構造的なものです。

ひとつは、終わりが決まっていないこと。仕事なら締め切りがあり、入院なら退院の目安がありますが、家での介護には「あと何日」がありません。もうひとつは、夜が細切れになること。夜間にトイレの介助が入る、物音で目が覚める、という日が続くと、判断力も気力も落ちていきます。これは根性の問題ではなく、睡眠が足りていないという身体の状態です。

そして三つめが、相談できる相手が思ったより少ないこと。きょうだいは遠方にいて、友人に話しても「大変ね」で終わってしまう。ケアマネージャーには事務的なことばかり伝えていて、しんどさそのものは言いそびれている。こうして、いちばん抱えている人がいちばん言葉を持てない、という状態ができあがります。

ですから「つらいと感じるのは自分が弱いから」ではありません。むしろ、つらさに気づけている方は、ご自分の状態を客観的に見られているということです。

ご家族の様子も、診察の一部として見ています

訪問診療というと、ご本人の血圧を測り、薬を調整して帰る仕事だと思われがちです。もちろんそれが中心ではありますが、私たちが家に上がらせていただいて見ているのは、それだけではありません。

台所に洗い物がたまっていないか。前回よりご家族の口数が減っていないか。「眠れていますか」と尋ねたときに、少し間があいてから「まあまあです」と返ってこないか。暮らしの場に伺うからこそ見えるものがあり、それも含めて在宅医療だと考えています。

診察のときに、ご家族が抱えている困りごとを話していただいてかまいません。「本人のことより自分の愚痴になってしまう」と遠慮される方がいますが、介護をしている方が倒れてしまえば、その暮らしは続きません。ご家族が続けられる形をつくることは、ご本人の療養を支えることと切り離せない仕事です。

困りごとは、相談先を分けると軽くなります

「誰に言えばいいのか分からないから、とりあえず自分でなんとかしている」。これが疲れの大きな原因になっていることがあります。ざっくりとした分け方ですが、次のように整理すると相談しやすくなります。

  • 体のこと・薬のこと(熱、痛み、食べない、眠れない、薬が多すぎる気がする)……主治医・訪問看護
  • 暮らしの手立て(ヘルパー、デイサービス、ショートステイ、福祉用具、住宅改修)……ケアマネージャー
  • 制度や地域のこと(介護保険の申請、認知症の相談窓口、お金のこと、成年後見)……お住まいの区の地域包括支援センター

迷ったら、いま関わっている人の誰でもかまいませんので、まず声をかけてみてください。担当が違えば、その場でつなぎ直してくれます。相談先の分け方は困りごと別・相談先の早見ガイドにもう少しくわしくまとめてあります。

休むための選択肢は、思っているより用意されています

「一日でいいから、心配せずに眠りたい」。この願いに対しては、いくつかの道があります。いずれも介護保険や医療の枠組みの中にあるもので、わがままな相談ではありません。

  • ショートステイ……数日から短期間、施設に泊まって過ごしていただくサービスです。手配はケアマネージャーが担当します
  • デイサービス・デイケア……日中の数時間を預けられます。その時間に家事をまとめて片づける、あるいは何もせず休む、という使い方をされる方が多いです
  • 訪問看護・ヘルパーの回数を見直す……つらい時間帯に人が入るよう組み直すだけで、負担の感じ方が変わることがあります
  • 医療的な事情で休養が必要な場合の短期入院……病状や空き状況によりますので、可否は診察のうえ、ご希望を伺いながら病院と相談していくことになります

当院ができるのは、こうした調整に必要な医療情報をお出しし、ケアマネージャーの皆様や訪問看護と足並みをそろえることです。「この方は夜間の対応が続いていて、ご家族の休養が必要な状況です」と医療者の側から伝えることで、話が進みやすくなる場面は少なくありません。手配そのものは介護のチームが担いますので、まずは「休みたい」とだけでも口に出していただけたらと思います。

介護をしている方ご自身の、早めに教えてほしいサイン

ご本人の変化には敏感でも、ご自分の変化は後回しになりがちです。次のようなことが続いているときは、無理をして踏ん張る段階を過ぎていると考えてください。

  • 夜、眠ろうとしても頭が冴えてしまう/眠っても疲れが取れない日が続く
  • 食欲が落ちた、あるいは体重が目に見えて変わった
  • 以前は流せたことで、つい強い言い方をしてしまう
  • ふとしたときに涙が出る、何をしても気持ちが晴れない
  • 頭痛・めまい・動悸・胃の痛みなど、体の不調が続いている

こうした状態を、ご自分で「介護うつでしょうか」と決めてしまう必要はありません。原因は睡眠不足かもしれませんし、もともとお持ちの持病かもしれません。大事なのは、その見立てをご自分ひとりで背負わないことです。介護をしている方こそ、ご自身のかかりつけ医にかかっていただきたいと思っています。診察のときに「実はここ最近、私のほうが……」と切り出していただければ、ご相談の入口としては十分です。

負担が急に重くなるときには、理由があります

ずっと同じ調子で介護をしてきた方が、ある時期から急に立ち行かなくなることがあります。多くの場合、ご家族の頑張りが足りなくなったのではなく、ご本人の側で何かが変わっています。

たとえば、夜中に起き出して落ち着かなくなった、話のつじつまが急に合わなくなった、という変化。これは認知症がゆっくり進んだのではなく、体調の変化がきっかけで一時的に起きている混乱かもしれません(せん妄と認知症の違いの記事で整理しています)。あるいは、痛みや便秘、飲んでいる薬の影響が背景にあることもあります。

いずれも、原因が分かれば手当てのしようがあります。「介護がきつくなった」という言い方で伝えていただければ、私たちはそこから医学的な理由を探していきます。がまんの限界まで待たず、いつもと違うと感じた時点で教えてください。

頼っていいと、こちらから申し上げます

ご家族の多くは、驚くほど責任感の強い方たちです。「自分が見ると決めたのだから」「施設に預けるのは申し訳ない」という言葉を、何度も伺ってきました。その気持ちは尊いものだと思いますし、否定するつもりはありません。

それでも、家で過ごすという選択が長く続くためには、支える人の生活も続いている必要があります。休むことは、あきらめでも手抜きでもなく、続けるための手立てです。ご自分では言い出しにくいことだからこそ、医療者の側から「そろそろ休みませんか」と申し上げるのも、私たちの仕事のうちだと考えています。

札幌市内を中心に訪問診療を行う当院では、ご本人の診療とあわせて、ご家族の困りごとの相談もお受けしています。まだ訪問診療を利用されていない方でも、「この状態で家をみていけるのか分からない」というご相談で構いません。ひとりで抱えている時間が、少しでも短くなればと思っています。

この記事を書いた人
札幌インターナショナルクリニック 院長 吉峰 玲
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