認知症の親が「病院に行かない」——通院を拒むときの、家に来る医療という選択肢

「予約は取ったんです。前の日まで本人も『わかった』と言っていたんです。でも朝になったら、玄関で靴も履かずに『行かない』の一点張りで」——ケアマネージャーの皆様やご家族から、そういうお話を伺うことがあります。何度目かの予約を無駄にして、疲れ切った声で相談の電話をくださる方も少なくありません。

受診を拒むご本人と、なんとか連れて行きたいご家族。この構図は、どちらが悪いという話ではないと思っています。今日は、認知症の方が「病院に行かない」と言うとき、その言葉の裏で何が起きているのか、そしてご家族にどんな選択肢があるのかを整理してみたいと思います。

行かない

「行かない」の裏側にあるもの

受診を拒む言葉は、わがままや意地から出ているわけではないことがほとんどです。診察の場でご本人とお話ししていると、いくつかの理由が見えてきます。

  • 自分が病気だと思っていない——認知症では、もの忘れや生活の変化をご本人が自覚しにくいことがあります。困っていない人にとって、病院は行く理由のない場所です。
  • 「認知症だと言われる」ことが怖い——うすうす気づいているからこそ、はっきり告げられるのが怖い。だから話題そのものを遠ざけたい、という方もいらっしゃいます。
  • 知らない場所と人が負担になっている——待合室の人混み、順番を待つ時間、名前を呼ばれて移動する段取り。慣れない環境でのやりとりは、想像以上に消耗します。
  • 過去の受診でいやな思いをした——質問に答えられなかった、子ども扱いされたと感じた。その記憶が残っていると、病院という言葉自体が身構える対象になります。
  • 体がしんどい——足腰が痛い、耳が聞こえづらい、外出が単純にきつい。認知症とは別の理由が重なっていることもあります。

ここを飛ばして「とにかく連れて行く」ところから始めると、たいてい途中で行き詰まります。理由が違えば、打つ手も変わってくるからです。

無理に連れ出すことの負担

ご家族が悩まれるのは、「多少強引にでも受診させたほうが本人のためではないか」という点だと思います。もちろん、緊急性の高い症状があるときは別です。ただ、そうでない場合、押し問答のすえに連れ出すやり方には代償があります。

その日は受診できても、ご本人のなかには「無理やり連れて行かれた」という感覚が残ります。認知症では、出来事の細かい記憶は薄れても、そのときのいやな感情は残りやすいと言われています。次の受診はさらに難しくなり、ご家族との関係にもひびが入ってしまう。介護する側も、毎回の説得で消耗していきます。

通院そのものが本人と家族の負担になってきたときに、どう考えるかについては、訪問診療と外来通院のどちらが向いているかを整理した記事もご参考にしていただければと思います。

家に来る医療という選択肢

連れて行くことが難しいなら、医師のほうが伺えばいい——それが訪問診療です。特別なことのように聞こえるかもしれませんが、通院が難しい方のための保険診療の仕組みで、認知症のある方は対象になりやすい代表例のひとつです。

自宅であることの意味は、思っている以上に大きいと感じています。使い慣れた椅子に座り、いつもの湯呑みがあって、家族が隣にいる。その状態で話をすると、外来の診察室ではこわばっていた方が、ずいぶん自然に話してくださることがあります。玄関を出る、乗り物に乗る、待合室で待つという、認知症の方にとって負担の大きい工程が、まるごとなくなるからです。

ご家族にとっても、暮らしの場を医師が実際に見ることには利点があります。冷蔵庫のなかの様子、飲み残しの薬、段差やコード類、火の始末。診察室では聞き出せない情報が、部屋にはたくさん残っています。

「本人が納得しないのでは」と心配なとき

次にご家族が心配されるのが、「家に医者が来るなんて言ったら、それこそ本人が怒るのでは」という点です。ここは無理をしないほうがうまくいきます。

初回から認知症の検査を目的に伺うのではなく、まずは血圧を測る、体調を伺う、といった健康チェックの形で顔を合わせるところから始めることがあります。数回お会いするうちに「また来たね」と言っていただけるようになり、そこから必要な検査や薬の相談へ進んでいく——そういう順番のほうが、結果的に早いことが少なくありません。

ご家族に一つお願いしたいのは、ご本人の前で「認知症だから」「わからなくなっちゃって」と説明しないでいただくことです。ご本人はその場のやりとりの空気を、驚くほど正確に受け取っておられます。心配なことは、あとで別室や電話で伝えていただければ十分です。当院の認知症診療については認知症でお困りの方へのページにまとめていますので、あわせてご覧ください。

相談は、どこから始めればいい?

すでに介護保険を使っている方であれば、まずは担当のケアマネージャーにご相談ください。ご本人と医療機関のあいだに立って、本人が受け入れやすい伝え方まで含めて、一緒に考えてくれる存在です。

介護保険をまだ申請していない場合は、お住まいの地域を担当する地域包括支援センターが窓口になります。介護保険の申請には主治医意見書が必要ですが、通院できない方の場合は、訪問診療を担当する医師が作成することもできます。当院でも作成に対応しています。

もちろん、ご家族から直接クリニックにお電話いただいても構いません。「まだ受診させられるかどうかも分からないのですが」という段階のご相談で、まったく問題ありません。

ご家族 ケアマネージャー 訪問診療医

当院でできること・費用のこと

当院では、認知症の各種検査と診断、お薬の調整、介護保険の申請に必要な主治医意見書の作成まで、ご自宅で対応しています。精神科での臨床経験がある医師が、精神科顧問医とも連携しながら診療にあたります。ただし、ご本人の状態によっては画像検査などのために病院にご紹介することもありますので、何をどこまで在宅で行うかは、診察のうえで判断させていただきます。

費用は医療保険が使えます。年齢や所得によって自己負担の割合は変わりますが、条件を満たす場合には自立支援医療の制度を使って負担を抑えられることもあります。訪問にかかる交通費が別途高額に上乗せされる仕組みではありませんが、夜間や緊急時などには加算がつくことがあります。ご負担の目安は、ご相談の際にお伝えしています。

ひとりで説得しようとしなくていい

ご家族から「私が言うと聞かないんです」と伺うことは本当に多く、それは決してご家族の力不足ではないと思っています。長く一緒にいた関係だからこそ、素直になれない部分がある。そこに第三者が入るだけで、驚くほどすんなり進むことがあります。

「病院に行かない」という言葉を、拒絶ではなく、ご本人なりの困りごとの表現として受け取ってみる。そこから道が開けることは、決して珍しくありません。札幌市内を中心に訪問診療を行う当院にも、通院が難しくなった方のご相談が日々届いています。どうしていいか分からない段階で構いませんので、気軽に声をかけていただければと思います。

この記事を書いた人
札幌インターナショナルクリニック 院長 吉峰 玲
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