高齢者のせん妄——認知症との違いと、夜に別人のようになったときの対応
「夜になると、まるで別人のようになってしまって」。ご家族から、少し声をひそめるようにしてこう切り出されることがあります。昼間はいつもどおり穏やかに過ごしていたのに、日が暮れるころからそわそわしはじめ、いるはずのない人に話しかける。点滴の管を抜いてしまう。「家に帰る」と言って玄関に向かう。朝になるとけろりとしていて、夜のことは覚えていない——。
こういうお話を伺うと、私たちはまず「せん妄かもしれない」と考えます。そして同時に、体のどこかに変化が起きていないかを探しはじめます。せん妄は、認知症が急に進んだ姿ではありません。多くの場合、体の不調が頭の働きに現れたサインです。今日はこの日記で、せん妄と認知症の違い、引き金になりやすいこと、そして夜に別人のようになってしまったとき、ご家族にできることについてお話しします。
せん妄とは——一時的に、頭の中が混乱している状態
せん妄は、体の病気や薬、環境の変化などをきっかけに、脳の働きが一時的に不安定になって起こる状態です。意識のはっきりさが揺らぎ、注意が続かなくなり、時間や場所の見当がつかなくなります。実際にはないものが見えたり(幻視)、事実と違うことを事実だと思い込んだりすることもあります。
そわそわして落ち着かず、大きな声を出したり、じっとしていられなくなったりする姿がよく知られていますが、反対に、口数が減ってぼんやりし、一日中うとうとしているタイプのせん妄もあります。こちらは「元気がないだけ」「よく眠れているようだ」と受け止められて見過ごされやすく、実は注意が必要です。いつもより反応が鈍い、話しかけても返事があいまい、という変化も、どうぞ気にとめておいてください。
せん妄と認知症の違い——見分けるときの3つのポイント
ご家族がいちばん不安になるのは、「認知症が一気に進んでしまったのではないか」という点だと思います。区別のよりどころになるのは、次の3つです。
1. 始まり方が違う
認知症は、月単位・年単位でゆっくりと進んでいきます。「去年の暮れごろから同じ話をくり返すようになった」といった具合です。いっぽうせん妄は、数時間から数日のうちに急に始まります。「おとといまでは普通だったのに、昨日の夕方から急に」という変化の速さは、せん妄を強く疑わせるものです。
2. 一日の中で波がある
せん妄は、夕方から夜にかけて強くなり、朝方には落ち着いていることが多くあります。ご家族が「昼間の様子を見た先生には分かってもらえないかもしれない」ともどかしく感じられるのは、この波のためです。認知症のもの忘れは、時間帯でこれほど大きく揺れることは多くありません。
3. 注意が続かない、意識のはっきりさが揺れる
せん妄では、話しかけても視線が定まらない、会話の途中で話がそれてしまう、こちらの言うことがなかなか入っていかない、といった状態になります。もの忘れそのものより、「今この場に意識が向いていない」という感じが前面に出るのが特徴です。
ただし、この二つはきれいに分かれるものではありません。認知症のある方は、せん妄をとても起こしやすいという関係にあります。もともと認知症がある方に、感染や脱水が重なってせん妄が加わる——在宅の現場でよく出会うのは、むしろこのかたちです。ですから「認知症だから仕方がない」で片づけず、急な変化があれば体の側を疑う、という順番を大切にしています。
せん妄の引き金——体の変化が隠れていることが多い
せん妄には、たいてい引き金があります。訪問診療で伺っていて多いと感じるのは、次のようなものです。
- 感染症(肺炎、尿路感染、皮膚の感染など)
- 脱水、食事や水分がとれていない状態
- 便秘、尿が出ていない(尿閉)
- 痛み、かゆみ、息苦しさなど、本人がうまく訴えられない不快
- お薬(睡眠薬・安定剤、痛み止め、かぜ薬や胃薬など。新しく始まった薬、量が増えた薬はとくに)
- 低血糖、電解質の乱れ、腎臓や肝臓の働きの低下
- 環境の変化(入院、退院、施設への入所、引っ越し、家族の入れ替わり)
- 眠れない日が続いている、昼夜が逆転している
とくに脱水は、札幌でも夏場から初秋にかけて見逃せない引き金です。水分がとれていないことに気づかれないまま、「なんだか様子がおかしい」が先に現れることがあります。気づきにくいサインについては高齢者の脱水症についての記事にまとめています。お薬についても、飲んでいるものが増えるほどせん妄は起こりやすくなりますので、種類が多いと感じたらお薬の見直しの記事もご覧ください。
大切なのは、せん妄そのものを抑え込むことより、引き金を見つけて手当てすることです。熱を測る、水分がとれているか振り返る、何日お通じが出ていないか確かめる、最近始まった薬がないか思い出す。この四つを確かめていただくだけでも、原因にたどり着ける場合が少なくありません。
夜に別人のようになったとき、家でできること
まず、けがをしない環境をつくる
せん妄でいちばん心配なのは、転んでしまうこと、点滴やカテーテルを抜いてしまうこと、夜中に外へ出てしまうことです。足元の物をどけておく、ベッドの高さを下げる、床にマットを敷く、玄関の鍵をひと工夫する——ご本人を押さえつけるより、環境を整えるほうがずっと有効です。無理に体を押さえると、かえって興奮が強まってしまうことがあります。
否定も説得もしない
「そんな人はいないでしょう」「しっかりして」と正すのは、ご家族としてはごく自然な反応だと思います。けれど、ご本人にとってその光景は本当に見えているので、否定されると「分かってもらえない」という不安がふくらみ、混乱が強くなりがちです。まずは落ち着いた声で、「そう見えるんですね」「ここにいて大丈夫ですよ」と受け止め、それから話題をそっと日常のことに移す。うまく流せなくても構いません。声の調子が穏やかであること自体が、いちばんの手当てになります。
「今がいつで、ここがどこか」の手がかりを増やす
見当がつかない不安が、混乱に拍車をかけます。文字盤の大きな時計とカレンダーを目に入る場所に置く、朝はカーテンを開けて日の光を入れる、夜は真っ暗にせず、足元がぼんやり見えるくらいの明かりを残しておく。眼鏡や補聴器を使っている方は、日中しっかり身につけていただくことも大切です。見えない・聞こえない状態は、それだけでせん妄を悪くします。
昼と夜のメリハリをつける
日中に少しでも体を起こし、日の光を浴び、話し相手がいる時間をつくると、夜の眠りが整いやすくなります。眠れないからと日中うとうとする時間が増えると、昼夜の逆転が進み、夜の混乱が長引きます。デイサービスや訪問リハビリなどで日中の活動が組めないか、ケアマネージャーの皆様と相談してみるのもよいと思います。
記録しておいていただけると助かること
診察のときにいちばん役に立つのは、ご家族が見ていた事実です。いつごろから始まったか/何時ごろに強くなるか/その前後で変わったこと(新しい薬、発熱、食事や水分の量、お通じ、転倒)。この四つをメモしておいていただけると、引き金にぐっと近づけます。夜の様子は私たちの目に直接は触れませんので、この記録が何よりの手がかりになります。
すぐに相談してほしいサイン
次のような変化があるときは、次の訪問を待たずにご連絡ください。
- 急に、人や場所が分からなくなった(きのうまではできていたのに)
- 38度前後の発熱や、寒気・ふるえをともなっている
- 呼びかけへの反応が鈍い、うとうとして起きてこない
- ろれつが回らない、手足の力が急に入らない、顔のゆがみがある
- 水分も食事もとれていない、半日以上尿が出ていない
- 糖尿病の薬やインスリンを使っている方で、冷や汗をかいてぼんやりしている
- 転んで頭を打ったあとから様子がおかしい
- 本人やまわりに危険が及びそうなほど興奮が強い
ろれつが回らない、片側の手足に力が入らないといった変化は、せん妄ではなく脳の血管の病気を疑うサインです。判断に迷われるときは、ためらわずに救急要請をしてください。当院で診させていただいている方は、急変時の連絡先へご遠慮なくお電話ください。夜中でも構いません。
訪問診療では、何をしているか
せん妄で呼ばれたとき、私たちがまず行うのは「静める」ことではなく「探す」ことです。熱や脈、血圧、酸素の値を確かめ、胸の音を聴き、お腹が張っていないか、便や尿がたまっていないかを診ます。必要に応じて在宅で採血を行い、感染の程度や脱水、腎臓の働き、電解質、血糖などを確かめます。そのうえで、最近始まった薬や増えた薬がないかを、お薬手帳をたどって見直します。
原因が見つかれば、そこへ手を打ちます。感染があれば治療を、脱水があれば水分の補い方を、便秘や尿閉があればその解消を——引き金が取れると、せん妄は落ち着いていくことが多いものです。眠りを整えるお薬を使うかどうかについては、かえって転倒や日中のぼんやりを招くことがあるため、その方の状態を診察のうえで判断しています。使う場合も、少量から、短い期間で、様子を見ながらというのが基本の考え方です。
そして、ご家族の負担にも目を配りたいと思っています。夜通し付き添って眠れない日が続けば、どんなに気持ちがあっても体がもちません。訪問看護の回数を増やす、日中のサービスを組み直す、状態によっては入院してしっかり原因を調べたほうがよいこともあります。どの道を選ぶかは、ご本人とご家族の暮らしを見ながら一緒に考えていきます。
「もう元には戻らないのでは」と思われたとき
夜に別人のようになったご本人の姿を見た後で、「この人はもう戻らないのかもしれない」と感じてしまうのは、無理のないことだと思います。けれど、せん妄は引き金が取り除かれれば落ち着いていくことが多い状態です。落ち着くまでに数日かかることも、体力の落ちた方ではもう少し時間がかかることもありますが、あの夜の姿がそのままその方の姿になるわけではありません。
そして、せん妄が起きたということは、体のどこかが悲鳴をあげていたということでもあります。「夜だけのことだから」と抱え込まず、どうぞ早めに教えてください。札幌市内を中心に訪問診療を行う当院として、夜の様子に気づいてくださるご家族やヘルパー、施設スタッフの皆様の目を、これからも大切な手がかりにしていきたいと思っています。
札幌インターナショナルクリニック 院長 吉峰 玲
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