ひとり暮らし・老老介護でも訪問診療は受けられる?——「家族がいないと無理」は誤解です
「うちは一人暮らしなので、訪問診療は無理ですよね」。お問い合わせのお電話で、こちらがまだ何も説明しないうちから、そう前置きされることがあります。ご本人がおっしゃることもあれば、遠くに住むお子さんが、申し訳なさそうに切り出すこともあります。
けれど、これは誤解です。訪問診療を受けるのに、ご家族が同居していることは条件ではありません。おひとりで暮らしている方も、ご高齢のご夫婦がお互いを支え合っている、いわゆる老老介護のご家庭も、在宅医療の現場ではごく普通にあります。今日は「家族がいないと無理」という思い込みがどこから来るのか、そして実際にはどんな形で成り立っているのかを書いてみます。
「家族が同居していること」は、訪問診療の条件ではありません
訪問診療の対象になるかどうかは、制度のうえでは「通院が困難であること」を軸に考えます。歩くのがつらい、車椅子での移動に人手が要る、認知症で待合室に座っていられない、酸素や医療機器の関係で外出が難しい。判断されるのはご本人の状態と暮らしの状況であって、同居のご家族がいるかどうかは、そもそも条件に含まれていません。
むしろ、通院が難しくなったときに困る度合いは、おひとり暮らしの方のほうが大きいことが少なくありません。車を出してくれる人がいない、付き添いを頼める人がいない、タクシー代がかさむ。そうやって受診の間隔が少しずつ空いていき、気がついたときには血圧の薬が半年分も引き出しに残っている——そういうことが、実際に起こります。家族がいないから訪問診療は使えない、というのは、順番が逆なのだと思っています。
立ち会うご家族がいなくても、診察は成り立ちます
よくいただくのが「誰も家にいないのに、どうやって診察するんですか」という質問です。実際のところ、ご本人が玄関を開けられるなら、そこから先はいつもの診察と変わりません。血圧を測り、話を聞き、薬を調整して、次の訪問日を決める。ご家族の同席は、必要な場面ではもちろんお願いしますが、毎回そろっていなければ成り立たないものではありません。
玄関まで出るのが難しい場合は、鍵をどう扱うかを最初に決めておきます。キーボックスを設置するご家庭もありますし、ヘルパーや訪問看護が入っている時間帯に合わせて伺うこともあります。このあたりは各家庭の事情に合わせて組み立てる部分なので、初回の相談のときに、ケアマネージャーや関わる事業所と一緒に段取りを決めていきます。
診察の内容を離れて暮らすご家族に伝える必要があるときは、ご本人の同意をいただいたうえで、電話や書面でお知らせします。遠方のお子さんに毎回の要点を連絡している、という形もよくあります。「家にいられないから申し訳ない」と感じる必要はまったくありません。
老老介護のご家庭で、訪問診療が引き受けられること
ご高齢のご夫婦だけで暮らしていて、どちらかが介護する側に回っている。札幌でも、こうしたご家庭は年々増えています。そして介護する側の方が、実はご自分も高血圧や膝の痛みを抱えていて、「自分の通院は後回し」になっていることが本当に多い。相手を家に置いて何時間も家を空けられない、というのが理由です。
訪問診療は、条件を満たせばご夫婦のお二人とも診ることができます。同じ日に、同じ家で、二人分の診察をする。介護する側が医療から遠ざかってしまうのは、在宅の現場でいちばんもったいないことのひとつだと感じています。支える人が倒れると、その家の暮らし全体が一度に止まってしまうからです。
お二人とも対象になるかどうかは、それぞれの状態を診察のうえでの判断になります。片方だけが対象になることもありますので、まずはご相談いただければと思います。
心配ごと① 急に具合が悪くなったとき、誰が気づくのか
おひとり暮らしで、いちばん現実的な心配はここだと思います。夜中に熱が出たら。転んで起き上がれなくなったら。誰も気づかないまま朝を迎えるのではないか——ご家族が「一人にしておけない」と考える理由の大半は、この一点に集まっています。
訪問診療を始めるとき、まず決めるのが「急変時に誰へ、どの順番で連絡するか」です。当院は急変時24時間対応で、夜間や休日でもお電話をお受けする体制をとっています。ただ、正直に申し上げると、電話をかけられる状態でないときにどうするかは、電話回線だけでは埋まりません。
そこで、訪問看護の回数を増やす、ヘルパーの訪問を朝と夕に分ける、見守りの機器や緊急通報のサービスを入れる、といった手を組み合わせていきます。「毎日、誰かが顔を出す状態」を作れると、変化に気づくまでの時間はぐっと短くなります。医師が月に一度か二度伺うだけでは埋まらない隙間を、チーム全体で埋めていくイメージです。この設計は、ケアマネージャーと一緒に進めます。
心配ごと② 薬の管理が、ひとりでは難しくなってきた
独居の方のお宅で、引き出しから薬の袋がまとめて出てくることがあります。飲んだつもりで飲めていない、心配になって二重に飲んでしまっている。責められる話ではまったくなくて、種類が増えれば誰にとっても難しくなる作業です。
手立てはいくつかあります。処方を一日一回にまとめられないか見直す、日付を印字した一包化にする、お薬カレンダーに一週間分をセットしておく、薬剤師に自宅まで届けてもらう。どれかひとつでは足りず、組み合わせて初めて回り始めることが多い印象です。訪問薬剤を使うと、薬局の薬剤師が自宅に来て、残っている薬を数えながら整理してくれます。飲めていない理由がそこで分かることも少なくありません。
心配ごと③ ひとり暮らしのまま、最期まで家にいられるのか
これは、簡単に「できます」とも「できません」とも言えない問いです。私たちも、その場の勢いで答えないようにしています。
実際に、おひとりで暮らしながら最期まで家で過ごされる方はいらっしゃいます。ただしそれは、訪問看護・ヘルパー・ケアマネージャー、そして近隣や親族の関わりを組み合わせて、支える手が途切れない形を作れた場合です。逆に、必要な体制がどうしても組めないときは、途中で入院や施設という選択に切り替えることもあります。どちらが正しいという話ではなく、その時点でご本人がいちばん安心して過ごせる場所を選び直しているだけだと考えています。
ですので当院としては、「ひとり暮らしでも看取りまで大丈夫です」と最初に申し上げることはしません。何が必要で、それは揃えられるのか。ご本人とご家族、ケアマネージャーと一緒に、診察のうえで見極めていく——それが正直なところです。時間の経過とともに答えが変わることもありますので、途中で話し合い直すことも前提にしています。
身寄りがない、連絡が取れない、という場合
ご家族が全くいない、いても長く連絡が途絶えている、という方もいらっしゃいます。この場合も、訪問診療を受けられないわけではありません。地域包括支援センターや行政の窓口、成年後見人、生活保護を受けている方であれば担当のケースワーカーが、ご本人を支える立場で関わってくださることがあります。
ただ、入院するときの同意、費用の支払い、亡くなったあとの手続きなど、ご本人以外の判断や手続きが求められる場面では、あらかじめ調整が要ります。そこを最初に確認しておくと、あとで慌てずにすみます。難しそうに聞こえるかもしれませんが、こうした調整は地域の相談窓口が日常的に扱っている領域です。ひとりで抱え込まずに、早めに声をかけてみてください。
支える人は、家族だけではありません
「家族がいないと無理」という思い込みの根っこには、在宅医療は家族が介護を担うことを前提にした仕組みだ、という理解があるのだと思います。かつてはそれに近い面もありました。けれど今の在宅医療は、介護保険のサービスと医療のサービスを組み合わせて、家族の手が薄いところを職種で埋めていく形に変わってきています。
週に何度かヘルパーが入り、訪問看護が体調を見て、薬剤師が薬を届け、ケアマネージャーが全体を組み直す。そこに月に一度か二度の訪問診療が乗る。ひとりで暮らしていても、関わる人の数はむしろ多くなるほうが普通です。家に人が出入りするようになって、かえって表情が明るくなった、という話も伺います。
まず、どこに相談すればいいか
介護保険をすでに使っている方は、担当のケアマネージャーが最初の相談相手です。まだ使っていない方は、お住まいの地域を担当する地域包括支援センターが窓口になります。入院中であれば、病院の医療相談室(地域連携室)の相談員に声をかけてみてください。いずれも、独居のご高齢者の相談を日常的に受けている窓口です。
医療機関に直接お尋ねいただいても構いません。札幌市内を中心に訪問診療を行っている当院にも、「一人暮らしなんですが」という前置きから始まるお電話をよくいただきます。ご本人からのお電話も、離れて暮らすご家族からのお電話もあります。
「無理ですよね」と決めてしまう前に
おひとりで暮らしていることや、ご夫婦だけで支え合っていることは、訪問診療を諦める理由にはなりません。むしろ、通院が難しくなったときにいちばん困るのは、そういう暮らし方をしている方です。
制度も、地域のサービスも、思っているより手はあります。ご自分で線を引いてしまう前に、一度、条件を並べて聞いてみてほしいと思っています。聞いてみた結果、今はまだ外来通院を続けるほうがよい、という結論になっても構いません。選択肢を知ったうえで選んだかどうかで、後の心持ちはずいぶん違ってきます。
札幌インターナショナルクリニック 院長 吉峰 玲
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