訪問薬剤とは?——お薬を家まで届けてもらう仕組みと、飲み忘れ・残薬の減らし方
訪問先で、台所の引き出しを開けて見せてくださるご家族がいます。中には、薬局の袋がそのままの形で何袋も入っている。日付を見ると、ずいぶん前のものが混じっていることもあります。「ちゃんと飲ませなきゃと思ってはいるんですけど」と、少しばつが悪そうにおっしゃる。
私は、それはご家族の落ち度ではないと思っています。朝・昼・夕・寝る前、この薬は食後で、こちらは食間で、水曜だけ増やして——一日に何度も判断が要る仕組みを、介護をしながら毎日回すのは、そもそも無理があります。今日はその負担をまるごと引き受けてくれる「訪問薬剤」という仕組みについて、ご家族とケアマネージャーの皆様に向けて整理してみます。
訪問薬剤とは?——薬剤師が家に来て、薬を届けて、整える
訪問薬剤は、正式には居宅療養管理指導(介護保険)あるいは在宅患者訪問薬剤管理指導(医療保険)と呼ばれる仕組みです。名前は硬いのですが、中身はいたってシンプルで、薬剤師がご自宅や施設に出向いて、お薬を届け、飲める形に整え、その後の様子まで見てくれるというものです。
やってもらえることは、だいたい次のようなことです。
- お薬をご自宅・施設まで届ける(薬局まで取りに行かなくてよくなります)
- 朝・昼・夕・寝る前ごとに袋にまとめる「一包化」や、日付ごとのセット
- 飲み残しているお薬(残薬)の確認と、次の処方への反映
- 飲み合わせや副作用のチェック、気になる点の医師への相談
- 吸入薬・貼り薬・自己注射など、手技が必要なお薬の使い方の説明
- 保管方法の助言と、古くなったお薬の整理
私が現場でありがたいと感じるのは、最後のほうにある「医師への相談」の部分です。処方したあと、実際に飲めているのかどうかは、診察室のやりとりだけでは案外わかりません。薬剤師さんから「この薬だけ毎回残っています」と連絡が入ると、次の一手が具体的になります。飲めていない理由が、大きすぎて飲み込みにくいことなのか、味なのか、単純に数が多すぎるのか。そこがわかれば、剤形を変える、まとめる、あるいは思い切って減らすという判断ができます。
「配達してもらう」だけとは、どう違うのですか
ここは混同されやすいところです。単にお薬を届けてもらうだけなら、多くの薬局が対応しています。訪問薬剤がそれと違うのは、届けたあとに残る仕事のほうを引き受けてくれる点です。
お薬は届いた瞬間に効くわけではなく、正しく飲まれてはじめて意味を持ちます。ところが在宅では、その「飲む」までの間にいくつも段差があります。袋を開ける、正しい組み合わせを選ぶ、時間を覚えている、むせずに飲み込む。ご本人にとっても介護するご家族にとっても、この段差こそが本当の負担です。訪問薬剤は、そこを平らにならしてくれる仕組みだと思っていただければ近いと思います。
こんなときは、相談してみる価値があります
訪問薬剤は全員に必要なものではありません。ご自身でしっかり管理できている方に無理に勧めるものでもないと思っています。ただ、次のようなことに一つでも心当たりがあれば、一度話題に出してみる価値はあります。
- 薬局まで薬を取りに行くのが、ご家族の負担になっている
- お薬の種類が多い、あるいは処方の変更が続いていて把握しきれない
- 飲み忘れ・二重に飲んでしまうことが起きている
- 飲み残しが引き出しにたまっている
- 複数の医療機関からお薬が出ていて、重複が心配
- 吸入薬や貼り薬、インスリン注射の手技に不安がある
- 退院したばかりで、病院で出ていた薬と在宅の薬の整理がついていない
とくに、薬の数が増えて調子が悪くなっているように見えるとき——いわゆるポリファーマシーの状態は、在宅でよく出会う課題です。減らすという判断には、実際に何をどれだけ飲めているかという情報が要ります。その情報を持っているのは、たいてい薬剤師さんです。
費用と、介護保険・医療保険のどちらを使うか
費用は、介護保険を持っている方は居宅療養管理指導として、持っていない方は医療保険からという整理になります。在宅では原則として介護保険が優先されるという考え方で、この使い分けについては介護保険と医療保険、在宅ではどちらが使われるかにまとめています。
金額は、負担割合(1割から3割)や、お住まいが自宅か集合住宅かによって変わります。月に受けられる回数にも上限があります。ここは制度の改定もあるところなので、この場で具体的な金額を書くことは控えます。実際に始める前には、薬局から契約の説明と自己負担の見込みについて案内があります。その場で遠慮なく確認していただくのがいちばん確かです。訪問診療そのものの費用については訪問診療の費用の記事をご参照ください。
もう一つ、よく聞かれることがあります。「薬代が高くなるのでは」というご心配です。訪問薬剤で加わるのは管理指導の分であって、お薬そのものの値段が上がるわけではありません。むしろ残薬が整理されて、飲まない薬が処方から落ちていくことで、全体としては落ち着いていく方もいらっしゃいます。
頼むときの流れ——どこに言えばいいのか
いちばん多いご質問がこれです。窓口はいくつかありますが、迷ったらどこからでも構いません。
- 今おかかりの薬局に直接——「訪問に来てもらえますか」と聞いていただくのが最短です
- ケアマネージャーに——ケアプランとの兼ね合いを見ながら調整してくださいます
- 訪問診療の主治医に——当院の患者さんであれば、診察のときにお話しください
訪問薬剤を始めるには医師の指示(処方箋への記載や情報提供)が必要になりますので、どの入り口から入っても、最終的には主治医・薬局・ケアマネージャーの三者で話がつながります。当院が定期的に伺っている方については、ご希望を伺ったうえで、対応できる薬局をご一緒に探すところからお手伝いします。ご本人が長く通われた薬局に思い入れがある場合も多いので、まずはそこが訪問に対応できるかを確かめるところから始めます。
なお、お薬の管理には訪問看護が関わることも多く、実際には看護師さんが訪問のたびに残りを数えてくださっていることもあります。
薬の管理を、ひとりで抱えないために
ご家族のお話を伺っていると、お薬の管理は「できて当たり前」と思われがちな分、うまくいかないときにご自分を責めてしまう方が多いように感じます。けれど、専門職が三人がかりで支度しても手間取るような仕組みを、生活の片手間で完璧に回せるはずがありません。うまくいかないのは、やり方ではなく設計の問題です。
訪問薬剤は、その設計をやり直すための手段の一つです。使ってみて合わなければやめることもできますし、期間を区切って退院直後だけお願いするという使い方もあります。台所の引き出しがすっきりして、ご家族の「飲ませなきゃ」という緊張がほどけたとき、私はこの仕組みのいちばんの効き目はそこかもしれないと思うのです。
札幌市中央区を中心に訪問診療を行う当院では、お薬のことも診察の一部として一緒に考えています。数が多くて不安、飲めていない気がする、そんな段階のご相談で構いません。
札幌インターナショナルクリニック 院長 吉峰 玲