訪問診療は毎回どこを見ている?——ご家族が気づきにくいリスクに先回りで目を配る
診察を終えて帰りぎわに、「今日は特に困っていることはないので、すみません、わざわざ来ていただいて」と言われることがあります。恐縮なさる必要はまったくないのですが、こういうとき、こちらは黙っていくつか気になる点を持ち帰っています。玄関に置きっぱなしの新聞、前回より少しだけ低い血圧、台所の隅に増えた薬袋。ご本人もご家族も、困りごととして自覚していないから話題に出てこないだけで、放っておくと後で効いてくるものがあります。人は知っていることしか心配できない。訪問のたびに、そのことを思います。
知らないことは、心配のしようがない
ご家族から「何を気をつけたらいいですか」と聞かれることは多いのですが、逆に言えば、気をつけるべきことのリストを持っていなければ、質問そのものが浮かびません。脱水になりかけていること、体重が少しずつ減っていること、同じ効き目の薬が二か所から出ていること、座っている時間が長くて背中の皮膚が赤くなり始めていること。どれも、知識として知っていれば「あ、これかもしれない」と気づけますが、知らなければ視界に入っていても素通りしてしまいます。ご家族の注意力の問題ではまったくなくて、単に守備範囲が違うというだけの話です。
ですから私は、ご家族が心配を言葉にしてくれるのを待つのではなく、こちらから見にいくものだと思っています。定期的にお伺いする訪問診療のいいところは、まさにそこにあります。同じ家に同じ間隔で通っていると、前回との差分が見えるからです。先月は自分で立てていた椅子から、今日は手をついて立ち上がっている。その一段の違いに気づけるのは、比べる相手を知っているからにほかなりません。
訪問のたび、こちらがそっと見ているところ
診察そのものは、血圧を測って、胸の音を聴いて、おなかを触って、というごく普通のことをしています。ただ、その前後に見ているものがいくつかあります。ひとつは水分と食事です。台所やテーブルに出ているもの、ごみ箱の様子、飲み物のペットボトルがどのくらい減っているか。高齢の方は喉の渇きを感じにくく、夏場でなくても水分が足りなくなることがあります(このあたりは高齢者の脱水の記事でも触れました)。
ふたつめは薬です。手元にどれだけ残っているかを見せていただくと、処方どおりに飲めているかがだいたいわかります。残薬が増えていれば、飲み方が複雑すぎるのか、飲み込みづらいのか、そもそも意味がわからなくなっているのか、理由を一緒にほどいていきます。三つめは足元と動線です。ベッドからトイレまでの間に、めくれたカーペットやコード、つかまるものがない曲がり角がないか。転倒は、起きてしまってからでは取り返しがつかないことがあるので、ここは遠慮なく口を出すようにしています。四つめは皮膚です。背中や腰、かかとなど、ご自身では見えない場所こそ確認しておきたいところです。
いちばん見落とされやすいのは、支えているご家族の疲れ
そしてもうひとつ、私たちが気にしているのは、介護をしているご家族の様子です。ご本人の話を伺っているあいだ、隣で相づちを打っている方の顔色や、声のはり、以前より白髪が増えていないか、夜に眠れているのかどうか。介護をしている方は、自分のしんどさをいちばん後まわしにします。「私は大丈夫です」と即答されたときほど、あとで少し立ち入って伺うようにしています。
ここが崩れると、在宅での療養そのものが続かなくなります。ご本人の血圧を整えることと同じくらい、支えている方が眠れているかどうかは大事な情報です。負担が重くなってきていると感じたら、ケアマネージャーに連絡して介護サービスの組み立てを見直していただいたり、訪問看護に入っていただく相談をしたり、休養のための入院という選択肢を一緒に考えたりします。ご家族が倒れてしまってからでは、打てる手がぐっと減ってしまいますので。
「相談することが思いつかない」で、かまいません
初めてご相談をいただく段階でも、同じことが起こります。「何をどう聞けばいいのかわからないのですが」という前置きから始まる電話は、けっして少なくありません。むしろ、困っている内容がきれいに整理できている方のほうが珍しいくらいです。整理するのはこちらの仕事なので、ばらばらのままお話しいただければ十分です。「最近よく転ぶ」「食が細くなった」「病院に連れて行くのがしんどい」——断片で結構です。そこから、いま何が起きていそうか、どこに相談するのが早いかを一緒に見立てていきます。どの窓口に持っていけばよいか迷ったときは、相談先の選び方を整理した記事もありますので、よろしければ参考になさってください。
気づいたことは、その場で言葉にする
見つけたことを胸にしまっておいても意味がないので、気づいた点はその場でお伝えするようにしています。「ここ、夜だと暗くて危ないかもしれません」「このお薬、たぶん飲みにくいですよね」。大げさに言うつもりはありませんが、黙っていると次の訪問までそのままになってしまいます。逆に、ご家族が「たいしたことないと思うんですけど」と前置きして話してくださる小さな変化が、こちらにとっては大きな手がかりになることもよくあります。気づく役はどちらか一方ではなく、持ち寄るものだと思っています。
当院は札幌市中央区に診療所を置き、札幌市内を中心に訪問診療を行っています。「何か心配なことがあるわけではないけれど、自分たちでは気づけないことがある気がする」。そんな段階でのご相談でも構いません。まだ通院を続けられている方についてのご質問でも、どうぞお気軽にお声がけください。
札幌インターナショナルクリニック 院長 吉峰 玲