高齢の親が転んで頭を打った——様子を見ていい?すぐ相談してほしいサイン

「夜中に物音がして、行ってみたら廊下で転んでいたんです」。訪問診療をしていると、朝いちばんの電話でこういうお話を伺うことがあります。ご本人はけろりとしていて、「大丈夫、大丈夫」と手を振っている。額に小さなたんこぶがあるけれど、受け答えははっきりしている。それでもご家族は、なんとなく落ち着かないまま一日を過ごされる——。

「様子を見ていいのか、すぐに相談したほうがいいのか」。これは本当に迷うところだと思います。高齢の方が頭を打ったときのけがには、打った直後に危ないものと、忘れたころに出てくるものと、二つの顔があります。今日はこの日記で、その見分け方と、家でできる見守りについてお話しします。

まず、打った直後に見てほしいこと

転んだ音を聞いて駆けつけたとき、いちばん先にしていただきたいのは、慌てて助け起こすことではなく、少しだけ立ち止まって様子を見ることです。首や背中を痛めているときに無理に体を起こすと、かえって状態を悪くしてしまうことがあります。声をかけて、返事があるかどうか。目が合うかどうか。それだけでも大きな手がかりになります。

そのうえで、次のことを確かめてみてください。頭のどこを打ったか。出血しているか、こぶになっているか。手足はどちらも動かせるか。頭のほかに強く痛がっているところはないか。そして、転んだ理由も大切です。段差につまずいたのか、立ち上がった瞬間にふらついたのか、それとも意識が飛んだような感じがあったのか。ふらつきや意識の途切れが先にあった転倒は、頭のけがとは別に、体の中で何かが起きているサインかもしれません。

すぐに救急要請してほしいサイン

次のような様子があるときは、迷わず119番へご連絡ください。夜中でも、朝を待たずにです。

  • 呼びかけても目を開けない、返事があいまいで反応が鈍い
  • けいれんを起こした
  • くり返し吐く、吐き気がおさまらない
  • ろれつが回らない、片側の手足に力が入らない、顔がゆがんでいる
  • 頭の痛みがどんどん強くなっていく
  • 耳や鼻から血や透明な液が出てきた
  • 目の焦点が合わない、ものが二重に見えると訴える
  • 出血が押さえても止まらない、頭の骨がへこんで見える
  • 階段や脚立など、高いところから落ちた

判断に迷われるときも、遠慮なく救急要請をしてください。「呼ぶほどではなかったかもしれない」と後から思うくらいで、ちょうどよいと私たちは考えています。どんなときに救急車を呼ぶかについては、在宅療養中のご家族に向けた判断目安の記事にもまとめてありますので、落ち着いたときに目を通しておいていただけると心強いです。当院で診させていただいている方は、救急要請をしたあとで構いませんので、急変時の連絡先へもお知らせください。

血をさらさらにする薬を飲んでいる方は、とくに早めに

心房細動や脳梗塞のあと、心臓の弁の治療を受けたあとなどで、血を固まりにくくする薬を続けている方は少なくありません。ワルファリン、DOACと呼ばれる新しいタイプの抗凝固薬、アスピリンやクロピドグレルといった抗血小板薬などです。これらを飲んでいる方が頭を打った場合、頭の中で出血が起きたときに血が止まりにくく、時間をおいてから広がっていくことがあります。

ですから、「見た目は元気だけれど、血をさらさらにする薬を飲んでいる」という方は、その日のうちにご連絡いただきたいのです。医師に伝えるときは、薬の名前が分からなくてもかまいません。お薬手帳をそのまま見せていただければ十分です。日ごろから飲んでいる薬の種類が多いと感じておられる方は、転倒そのものを減らすという意味でもお薬の見直しについての記事が参考になるかもしれません。ふらつきや眠気の原因が、薬の組み合わせにひそんでいることがあります。

見た目が大丈夫でも、24〜48時間は見守る

頭を打ったあとに困るのは、直後は何ともなくても、少し時間が経ってから頭の中の出血が広がってくる場合があることです。目安として、打ってから1〜2日は、いつもより気にかけて見ていただきたいと思います。

見ていただきたいのは、次のようなことです。話しかけたときの受け答えがいつもどおりか。頭痛や吐き気が強くなっていないか。歩き方がふらついていないか。ものの見え方に変わりがないか。そして、うとうとして起きてこない時間が増えていないか。

よく「頭を打ったら寝かせてはいけない」と言われますが、眠ること自体が悪いわけではありません。むしろ、痛みや疲れで休みたいときは休んでいただいてかまいません。大切なのは、眠っているあいだも数時間おきに一度声をかけて、きちんと目を開けて返事ができるかを確かめることです。呼んでも起きにくい、返事があいまいだというときは、それが受診のサインになります。

忘れたころにやってくる——慢性硬膜下血腫

頭のけがには、もう一つの顔があります。打った直後は何ごともなく過ごしていたのに、1〜2か月ほど経ってから、じわじわと様子が変わってくることがあるのです。脳の表面に少しずつ血がたまってくる、慢性硬膜下血腫という状態です。高齢の方に多く、血をさらさらにする薬を飲んでいる方や、お酒をよく召し上がる方では起こりやすいと言われています。

やっかいなのは、その現れ方です。頭痛よりも、次のような変化として気づかれることのほうが多くあります。

  • 歩き方がふらつく、足が前に出にくい、片側に寄っていく
  • ぼんやりして反応が遅い、話がかみ合わなくなった
  • もの忘れが急に目立ってきた
  • 尿を漏らすようになった
  • 片側の手足に力が入りにくい、ろれつが回りにくい

お気づきのとおり、これは認知症が進んだ姿ともよく似ています。実際、ご家族が「急にぼけてしまった」と受け止めておられて、伺ってみると数か月前の転倒が背景にあった、ということがあります。急に始まる混乱という点ではせん妄とも紛らわしく、区別には頭の中を見ることがどうしても必要になります。

この状態は頭部CTを撮れば分かりますので、疑わしいときは脳神経外科のある病院へご紹介し、検査をお願いします。診断がついた場合、たまった血液を抜く処置を病院で受けることで、歩きにくさやぼんやりした感じが軽くなっていくことが多い状態です。「もう年だから戻らない」と思っておられた変化に、手当てのしようがあることもある——だからこそ、私たちは「数か月以内に転びませんでしたか」と、しつこいくらいにお尋ねします。

ご家族にお願いしたいのは、転倒を記録しておいていただくことです。いつ、どこで、どこを打ったか。カレンダーの隅にひとこと書いておくだけで十分です。「そういえば、お盆のころに風呂場で滑ったことがあります」というひとことが、診断の決め手になることがあります。

頭だけではない——同時に起きやすいけが

転倒のあと、頭のことばかりに気を取られていると、ほかのけがを見落としてしまうことがあります。高齢の方の転倒で多いのは、足の付け根(大腿骨)、手首、肋骨、そして背骨の圧迫骨折です。

とくに気をつけていただきたいのは、足の付け根の骨折です。立ち上がれない、足の付け根を痛がる、横になったときに片方の足が短く見えて外側を向いている——こうした様子があれば、無理に立たせず、動かさずにご連絡ください。痛みをこらえて歩けてしまう方もいるため、「歩けたから大丈夫」とは限らないところがむずかしいのです。

背骨の圧迫骨折は、しりもちをついたあとに多く、寝返りや起き上がりのときの背中や腰の痛みとして出てきます。数日たっても痛みが引かず、動きはじめがつらいという場合は、我慢せずにお知らせください。手首や肋骨のけがも、その後の生活のしづらさに直結しますので、腫れや強い痛みがあれば診察のうえで判断させていただきます。

転ぶこと自体を減らすために、家でできること

足元と明かりを整える

訪問先で転倒のお話を伺うと、場所はだいたい決まっています。夜中のトイレまでの廊下、玄関の上がりかまち、浴室、そして敷居やカーペットの端です。床に置いた新聞や荷物をどける、めくれ上がったマットは思いきってやめる、延長コードは壁ぎわにまとめる。それだけでもつまずく機会はずいぶん減ります。夜は足元がぼんやり見えるくらいの明かりを廊下に残しておくと、暗さのなかで手探りする不安が消えます。

履き物も見落とされがちです。かかとのないスリッパは、ちょっとした段差で脱げて転ぶもとになります。家の中では、すべり止めのついた靴下や、かかとを包む形の室内履きのほうが足になじみます。

薬とめまい・立ちくらみを見直す

睡眠薬や安定剤、血圧の薬、利尿薬、前立腺の薬などは、ふらつきや立ちくらみの原因になることがあります。とくに、夜中に起きてトイレへ向かうときは、寝ていた姿勢から急に立ち上がることで血圧が下がりやすい場面です。ベッドの端にいったん腰かけて、ひと呼吸おいてから立つ。この小さな習慣だけでも違います。夏場に食事や水分が減っていると脱水気味になり、これもふらつきにつながります。

体の力と、住まいの手すり

足の力が落ちると、つまずいたときに踏みとどまれなくなります。訪問リハビリやデイサービスで体を動かす機会をつくることは、転倒予防としてとても理にかなっています。手すりの取り付けや段差の解消は、介護保険の住宅改修や福祉用具貸与で対応できる場合がありますので、ケアマネージャーの皆様にご相談ください。「どこに付けると効くか」は、実際の動線を見てもらうのがいちばん確かです。

訪問診療では、転んだあとに何をしているか

「転んで頭を打ちました」とご連絡をいただいたとき、私たちが伺ってまず行うのは、頭のけがだけを見ることではありません。意識のはっきりさ、目や手足の動き、話し方、打った場所の腫れや傷を診たうえで、頭以外に痛がっているところがないかを一つずつ確かめます。血圧や脈、体温も測ります。転倒の背景に、発熱や不整脈、低血糖、脱水がひそんでいることがあるからです。

頭の中の出血が疑われるときは、その場でCTを撮ることはできませんので、脳神経外科のある病院へご紹介して検査をお願いします。そこは在宅の限界を正直にお伝えする場面です。反対に、画像が必要でないと判断できるときは、ご自宅で見守っていただく際の具体的な注意点をお伝えし、翌日以降の様子を訪問看護やご家族と共有しながら追いかけます。

そしてもう一つ、私たちが欠かさず行うのが「なぜ転んだか」の見直しです。飲んでいる薬を並べ直し、家の中の動線を見せていただき、必要ならケアマネージャーの皆様に住宅改修やサービスの調整をお願いします。一度転んだ方は、また転びやすい。その次の一回を減らすことが、頭のけがへの本当の手当てだと考えています。

「また転ぶかもしれない」と思われたとき

転倒を一度経験されると、ご家族はどうしても「目を離せない」という気持ちになります。夜中に何度も様子を見にいって眠れなくなってしまう方もいらっしゃいます。けれど、転倒をゼロにすることを目標にすると、ご本人の動く機会まで奪ってしまい、かえって足の力が落ちてしまうことがあります。動かないでいることも、転びやすさにつながるのです。

目指したいのは、転ばないことそのものよりも、転んだときに大きなけがにならない環境と、転んだあとに早く気づける関係だと思っています。頭を打ったときの見どころを知っておいていただくことも、その一つです。札幌市内を中心に訪問診療を行う当院として、「転んだので、いちおう報告です」という一本の電話を、いつでも歓迎しています。何ごともなければ、それがいちばんです。

この記事を書いた人
札幌インターナショナルクリニック 院長 吉峰 玲
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